西目小学校の校章由利本荘市立西目小学校

西目潟学習会

 9月4日(金)、5年生が郷土資料館の先生をお迎えして、西目潟についての学習会をしました。西目小学校の目の前に広がる水田は、江戸時代の末頃まで「西目潟」という潟でした。西目潟の干拓の仕事は、潟保の農民、佐藤重左エ衛門が計画を立て、本荘藩の渕名孫三郎という人が、藩主のおゆるしを得て設計しました。干拓のお金を出したのは、本荘の鈴木七郎右エ門という米商人でした。この3人が中心となり、農民も力を合わせて文政11年(1828年)から6年がかりでできました。子どもたちは、先人の取り組みに興味をもちながら学習に取り組んでいました。

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